この人にとことん:新潟大法科大学院教授・西野喜一さん /新潟

 ◇県内初の裁判員裁判へ課題は?

県内初の裁判員裁判が3月16日から始まる。一般市民から選ばれた裁判員が司法の場に参加することで、裁判はどう変わるのか。全国では既に100 件を超えたが、浮かび上がってきた課題は何か。裁判員制度に批判的な立場から発言してきた元裁判官で新潟大法科大学院教授(司法過程論)の西野喜一さん (61)に聞いた。【黒田阿紗子】

 ◇問われる高度な判断 非公開の評議、検証困難

--新潟地裁の第1号は、全国で最も遅く始まることになった。なぜ時間がかかったのか。
◆県内では、難しい事件が多かったのが単純な原因。第1号の被告は無罪を主張している。裁判員が有罪か無罪を判断する上で一定の材料となる「自 白」がある場合に比べ、否認事件は証拠の準備に時間がかかる。また、通訳が必要な外国人のため、弁護人は被告との意思疎通に苦労したはずだ。共謀者とされ る他のロシア人被告2人も否認しているため、2被告の公判前整理手続きにも同じぐらいの時間を要すると思われるが、当然と思う。
--第1号の公判日程は、裁判員の選任手続きと評議を含めると8日間に及ぶ。これまでの全国の事例と比べても長い。
◆仕事を持つ一般市民が、8日間も拘束されるのは大変なこと。そういった意味では長く感じるが、一方で、日程を先に決めてしまうことは危険性もは らむ。通訳が入ることで通常の倍以上の時間がかかるが、審理と評議が不十分でも、時間内で収めなければならず、被告の利益が損なわれることがないか心配 だ。
--この公判での注目点は。
◆争点は、被告が持ち込んだものを覚せい剤と認識していたかどうか。心の中のことについて、検察側と弁護側が間接的な証拠を積み重ねて立証してい くことになる。これを判断するのは、かなり高度な知的作業になる。プロの裁判官でも難しい。法廷での被告の言葉のニュアンスは重要な判断材料となり、通訳 の責任は大きい。
また、裁判員が「ほぼ(有罪で)間違いなさそうだけど、疑わしい」という微妙な心証になった場合、裁判官はどう助言するのか。「一般的には……」 とプロが語ることによって、裁判員自身も気付かないうちに誘導されることは十分に起こり得る。国民の意見が真に反映されるか、裁判官の力量が問われる。
--全国で裁判員裁判は100件を超えた。浮かび上がってきた傾向は。
◆量刑が従来より少し重くなっている。これが市民感覚なのかもしれない。ただ、それが導き出されるまでの評議の内容は「守秘義務」ということで、我々は検証することができない。3年おきの制度見直しが適切にできるか課題となる。
--県内で起訴された対象事件は、9件となった。
◆強制わいせつ致傷罪などで起訴された新潟市の元消防士(29)の審理方法は、全国的にも聞いたことがなく、モデルケースとなるのではないか。新 潟地裁は(暴行未遂罪など)制度の対象とならない事件を裁判官だけで審理し、対象事件だけを裁判員裁判で審理することを決めたが、別々に出る判決の量刑を 合算すると、被告の不利益になるのは明らか。対象外の事件を審理する裁判官が、裁判員裁判の判決の結果とバランスを取って量刑を決める可能性もあるが、そ うなると裁判員裁判は何だったのかということになる。どんな展開になるか注目したい。
==============

 ◇県内第1号事件

09年7月15日、ロシア・ウラジオストク港から新潟東港に貨物船の船員として上陸したロシア国籍のロマノフ・オレグ被告(42)が、覚せい剤約 4・7キロ(末端価格約2億8000万円)を陸揚げしたとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の罪に問われている。3月15日に新潟地裁で裁判員の 選任手続きが行われ、同16日から5回の公判で結審し、評議を経て、同25日に判決が言い渡される。
==============
■人物略歴

 ◇にしの・きいち

1949年、福井市生まれ。東大法学部を卒業後、75年、東京地裁判事補に。新潟地裁判事などを経て、90年から新潟大教授。92~94年には米ワシントン大客員研究員として陪審制などを研究。著書に「裁判員制度の正体」(講談社)など。

コメント